中心性脊髄損傷と診断され、自宅療養が始まった私を待っていたのは、「痛み」との果てしない共同生活でした。第1回では、風呂場での転倒から診断までの経緯をお話ししました。今回は、発症直後から1週間、私がどのようにこの痛みと向き合い、身体の小さな変化を観察し続けていたかをお話しします。
■痛みを恐れ、眠れぬ夜
「昨夜は、手を動かさなければほとんど痛くなかったのでよく寝れた」。 そう記録してはいるものの、現実は過酷でした。年齢を重ねる中で、夜中にトイレで目が覚めるのは自然なことですが、この時期の夜のトイレは恐怖そのものでした。
1月の冷え切った空気。トイレで手を洗うために蛇口をひねり、その冷たい水に触れる瞬間、神経を直接焼かれるような鋭い痛みが手先に走ります。
- トイレで手を洗う
- 手を前に出し、水道水に触れる
- 手と手をこすり合わせる
その些細な動作のすべてが、かつて感じたことのない「異質な痛み」を伴うのです。この時期、私を苦しめたのは単なる怪我の痛みというよりも、「自分の身体が自分の思い通りに反応しない」という感覚の異常でした。
- 指先がジンジンと沸騰するかのようなうっ血感
- 蛇口から出る冷たい水への本能的な恐怖
- 手を胸元に寄せた瞬間に爆発するような激痛
何をするにも痛みがつきまとうため、無意識のうちに「痛くない姿勢」をとろうと身体が反応します。しかし、無理に痛みを回避しようとすれば、本来使わなくていい筋肉に力が入り、身体のバランスが崩れてしまう。
私は無意識のうちに、「代償動作(かばい動作)」を強く警戒していました。 「痛いからといって変な場所に力を入れない。無理に代償動作で誤魔化せば、別の筋肉が硬直し、新たな痛みの引き金になる」 これは、普段の筋トレで「正しいフォーム」を追求し、ミリ単位で重心をコントロールしてきたからこそ、身体に染みついていた「防衛本能」だったのかもしれません。
■ 怪我から1週間:停滞の中に見つけた「小さな兆し」
腕全体の痛みは少しずつ引いてきたものの、手首から親指にかけての痛みは頑固に残っていました。仕事中も、ふとした動作で鋭い痛みが襲い、常に神経を尖らせざるを得ない日々。
しかし、怪我から1週間が経つ頃、ある小さな変化に気づきました。
「冷たい水で手を洗った瞬間は激痛だが、暫くすると痛みが和らぎました」
以前は手を洗っている間ずっと痛みが続いていたのが、「痛みの持続時間」が短くなっていたのです。これは、損傷した神経が少しずつ修復され、感覚の回路が正常な反応を取り戻し始めている、ささやかながら確かなサインでした。
■ 身体を観察し、神経と筋肉を繋ぎ止める
今振り返ると、この「観察」こそが、後の驚異的な回復の鍵だったのかもしれません。医師からは「1ヶ月はリハビリできない」と告げられていましたが、私は諦めきれませんでした。
ただベッドで安静にするのではなく、神経系と筋肉の繋がりを途絶えさせないために何ができるか。私は、自分の感じる痛みの変化を細かく記録し続けました。
「今日はどの動作が痛いのか?」「どの薬を飲んだ後に痛みが和らいだのか?」
この客観的な観察と記録の継続が、漠然とした不安を「コントロール可能な課題」へと変えてくれました。私はトレーニーとして、自分の身体をエンジニアリングし続けていたのです。
次回、第3回では、停滞していた回復が加速し、ついには「60kgのバーベル」を再び握るに至った、復帰への第一歩を記録します。
怪我の経過を記事にしました、第一回目の記事は以下です。
【第1回】事故当日 ― 突然、腕が動かなくなった夜(中心性脊髄損傷の発症)

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